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☆ ホロコースト記念館 ☆

福山市にあることは知っていました ただ なぜ福山市なのか を知らないまま

いつかは訪ねてみたいと思っていたのです

少しの間を見つけて行ってきました 10時には着いたのですが 入口には

会館 10:30 の文字が・・・

止むなく近所で時間を潰して戻ってきました

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付近はまだ田んぼや牛が飼われている郊外 にポツンと不釣り合いとも思えるガラス張りの

建物があります

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詳しくはこちらを見ていただくとして 勝手にリンクを張ってしまいました

館長の大塚氏が当地の出身で 今は京都に移り住んでいるが 1971年 所属していた合唱団の

遠征先で運命的にアンネ・フランクの父オットー・フランク氏に出会ったことからこの記念館開設に

至ったとのことです

 「アンネの日記」の著者 アンネ・フランクにまつわる説明はこの際不要でしょうが

内部のホールギャラリーと称する部屋は 黒い椅子が整然と置かれ ホロコーストの

ガス室へ送られる人々の行列に見えて ちょっとギョッとしたのです

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(逆光になり上手く写っていませんが・・・) 壁にはガス室のユダヤ人たちのレリーフが

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掛かり ここで約15分の館内展示物の説明や見て欲しい物の説明を聞いていよいよ展示

室へ そこには(撮影禁止のため写真はありませんが)大きな「J」の赤いスタンプが押された

パスポートの展示があり これはユダヤ人であることを示すものであると説明があります

黄色い布に「ダビデの星」を縫い取りし 中央に「JUDA」とドイツ語 フランス語 オランダ語

で書かれた布切れも ユダヤ人であることを示すもので 来ている服に縫い付けることが

義務付けされたもので 悲しい人種差別の遺品です

 他にも収容所で皆が着ていた青と白の縦縞の服(我々には囚人服にしか見えない)や

ガス室に消えた子どもの靴がステンドグラスの前に展示され ある種の祈りを誘っています

父オットー氏が使っていたタイプライターなど 遺品もたくさんありましたが

圧巻はアンネ・フランクが2年程を生きたオランダ・アムステスダムにある隠れて済んだ部屋

の再現です そこには小さな椅子と机の上に置かれたかの日記のほか閉鎖された窓がある

だけの4畳ほどの部屋です

そこを出ると 「アンネの日記」の忠実な複製が置かれており 暗い部屋で書かれたままに

展示されております

収容所(ゲットー)のレンガの壁や 収容所内部の生活などにスポットが当たった展示ですが

その底流に流れているのは ホロコーストというあってはならない辛い過去です

そもそもホロコーストとはなにか なぜそのようなことが起こったのか を知り そして我々は

何をしなければならないのか を考えようとしています

収容所の中で子供が書いた「蝶」という詩 ガラスに書かれています

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子どもの純粋かつ切ない思いが思いやられて思わず蝶々のオブジェが滲むのです

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外にはアンネ・フランクが隠れ家の窓から見ていたというマロニエの木の二世があります

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そして裏庭にはアンネ・フランクの形見のバラが植えられたバラ園があります

今の時期でもきれいに咲いているのを アンネの像が見守っています

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こうしてあっと言う間の2時間弱でしたが 貴重な時間を過ごしました

10年以上も前に訪ねた岐阜県八百津町の杉原千畝記念館では 追われるユダヤ人たちを

救った領事官の姿が描かれていましたが ここではガス室に追いやるナチスと追い立てられる

ユダヤ人の姿が描かれており凄く辛い思いをしながら館内を巡ったのが印象的でした

どうしてこう言ったことが起こったのか明確な答えは見つけられないまま と言うより

むしろ見つけたくない思いもあり 現実に戻ったのです

今回の訪問ほど「辛い思い」をした非日常は初めてかも知れません これはこのコーナーの

訪問者も同じで 心を緩める必要があると感じます

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これで少しだけ和んでいただけたでしょうか
by loghouse96 | 2014-10-18 06:55 | 脱日常